大判例

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東京地方裁判所 昭和34年(特わ)196号 判決 1960年8月02日

被告人 佐藤広治

大七・一〇・一四生 人形製造業

主文

被告人を罰金五万円に処する。

被告人が右罰金を完納できないときは、金一千円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

訴訟費用中証人露崎茂春、同平出兼治、同熊野伊三郎、同木村泰三、同増村正晴、同永来輝二及び同矢木博に支給した費用の全部ならびに国選弁護人に支給する費用の五分の一は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、政府に申告しないで、昭和三十年一月から昭和三十二年四月までの間東京都足立区島根町九百四十六番地の自己工場において物品税法(昭和二十九年三月三十一日法律第四十六号により改正のもの)第一条掲記第二種丁類三十八のうち飾物に該当する課税物品たるよろい三十五個、よろいとひつとの組物五十九組、かぶと四十四個及びかぶととひつとの組物二十五組(以上課税標準額合計二十六万七千八百七十円、物品税相当額合計五万三千五百七十四円)を製造したものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

法律に照らすと、被告人の判示所為は物品税法(昭和二十九年法第四六号による改正のもの)第十五条前段、第十八条第一項第一号に該当するので所定刑中罰金刑を選択し、所定金額の範囲内において被告人を罰金五万円に処し、刑法第十八条により、被告人が右罰金を完納できないときは金一千円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、刑事訴訟法第百八十一条第一項本文に則り、訴訟費用の一部である主文第三項掲記の部分を被告人に負担させることとする。

(判示認定の計数的根拠と検察官の訴因との関係)

検察官は、被告人は政府に申告しないで、昭和三十年一月から同三十二年八月までの間、判示工場において、判示飾物に該当する課税物品たるよろい二千六百五十一個及びかぶと千三百十二個(訴因変更申立書本文中の千三百十三個は千三百十二個の誤記と思料する)(この課税標準額四百四十四万八千四百円、物品税相当額八十八万九千六百八十円)を製造したものである旨主張し、前掲各証拠ならびに検察官提出のその他の証拠を綜合すると、被告人が判示日時場所において検察官の主張通りの数のよろい及びかぶとを製造したことが認められるのであるが、右数量のうち記録第三冊へんてつの販売先別製造明細一覧表中(「被告人が藤原俊彦等の取引先に販売した数量明細」と題する書面)販売先露先茂春(判示株式会社三和と同じ)のために製造されたよろい三十五個及びかぶと四十四個だけが、ひつなしのいわゆる一個物として製造されたもので、残余はすべてよろいびつまたはかぶとびつをつけて製造移出されたことが認められ、その前者についての検察官の主張はすべて正当として認容すべきであるが、その後者については、後記の理由により、各製造移出の日付に従い、物品税法施行規則第一条第一項の別表課税物品表により、それぞれ組物として、昭和二十八年六月一日以降は一組一、八〇〇円、昭和三十年八月十六日以降(昭和三十四年四月三十日まで)は一組二、四〇〇円を各課税最低限として、この最低限に満たない製造移出単価のものは政府に申告する必要のないものとして除外すべきである。ひつきよう判示認定は検察官主張の製造数量のうち、株式会社三和の註文に応じて製造されたひつなしのよろいまたはかぶとの全部(これらについての課税最低限は昭和二十八年六月一日以降は六〇〇円、昭和三十年八月十六日以降昭和三十四年四月三十日までは八〇〇円)及びひつつきであるため後記理由により組物と認めるべきよろいまたはかぶとで、その製造移出単価が前記組物の課税最低限以上のものを摘出した次第であり、その内訳は、別紙「移出先別製造一覧表」に記載するとおりである。

(ひつ付きのよろい又はかぶとを組物と解釈すべきか否かについての訴訟関係人の主張とこれに対する当裁判所の判断)

一、物品税法施行規則第一条第一項の別表所定の課税最低限を適用するにあたり、製造業者がよろいまたはかぶとの製造移出につき、これと同時にこれに相応ずるひつをも製造移出した場合に右ひつを含めてよろいまたはかぶとの一個物としての価格最低限(本件の場合は、前示のとおり、六〇〇円または八〇〇円)によるべきか、それともよろいまたはかぶととひつとの組物としてのそれ(本件の場合は、前示のとおり、一、八〇〇円または二、四〇〇円)によるべきかについては、昭和二十八年六月一日より施行の右別表第二種丁類三十八(現行の三十)、(イ)飾物類の(一)において「三月節句用又は五月節句用の飾物(屋外用の幟類、吹流及び矢車を含む)。但し、価格一個につき六百円(通常組物として使用されるものにあつては一組につき千八百円)に満たないものを除く。」と規定しているのみで(この点については、昭和三十年八月十六日より施行の改正別表では、価格を単に八〇〇円及び二四〇〇円と、また、昭和三十四年五月一日施行の改正別表では、その価格をさらに一、一〇〇円及び三、五〇〇円に引き上げただけで、その表現は同一である)、他に準拠すべき成文法はない。ただ、ここに注目すべきは、この点に関し、国税庁長官が昭和二十八年十二月二十一日付間消2―93号をもつて物品税基本通達を発し、その第三条において、

「一個または一組の区分の判定が困難な場合においては、製品の性質上通常一体として取引され、かつ個々に取引されるときは商品の価値を著しく減少するものは一個として取り扱い、一個のみでも十分商品価値があるものを組または対とするときは、利用上装飾上の価値が上昇するものであつて、通常組又は対として取引されるものを一組として取り扱うものとする」

という抽象的な解釈ないし業務上の指針を示達し、さらにその別表課税範囲中第二種第三十八号中に取扱(14)として

「よろい又はかぶととひつは一個として取扱うこと。」

という具体的解釈乃至業務上の指針を与えており、その後本件が起訴せられた後、同長官は昭和三十四年七月一日付間消4―18、徴管2―123号をもつて、右と同一問題につき、前同様、物品税基本通達を発し、その第十二条で前記抽象的解釈ないし指針を

「同種の用途に供される二個以上の物品で組又は対として取引することによつて利用上又は装飾上の価値が上昇するものであつて、通常組又は対として使用されるものは、全体を一組として取扱うものとするが、通常単独で使用される同種の用途に供される物品であつても、一個の容器又は包装に収容され、内容物の個々の価格が相手方に判明するように相手方に表示されていないものについては、当該容器又は包装に収容されたものを一組として取り扱うものとする」

というように組の範囲を抽象的にやや拡張すると共に、その具体的取扱例として別表課税範囲第二種第三十号のうちに(物品税法の改正に伴い三十八号は三十号となつた)、取扱(14)として

「よろい又はかぶととひつは一組として取り扱うこと」

と定め、従前の取扱とは全く正反対の解釈乃至指示を表明するに至つたことである。

二、しこうして、検察官は本件起訴について、訴因変更の結果、結局前者の通達に準拠してひつ付きのよろいまたはかぶとを一個物として取扱い、その論告において述べた理由を要約すると、

(1)  右通達の改正は、社会経済状態の変更にともない、事情変更の原則に従つて解釈を改めたもので、改正前の製造については当時の事情に即応した解釈である前者の通達によるのを至当とする。

(2)  改正前の行為についても改正後の通達によつて事を処理するときは、改正前の通達によつて正直に納税申告した者、改正前の通達に従つて有罪判決をうけた者等は、結果的には、著しく不利益な処遇をうけたことになり、かくては税法の威信を傷つけ、税務の運営に対する国民の信頼をおとす結果を招来することになるから不可である。

ということに尽きるようである。これに対し弁護人は本件は通達改正前の製造移出が問題となつているのであるが、裁判に当つては、改正後の通達に準拠すべきものであると主張し、その弁論において述べた理由の理論的な要点は、

右通達は、厳格な意味における法令ではないが、物品税法、同施行規則に定める課税物品の具体的範囲を明確にしたもので、その内容及び規範性は法令に準じ考えるべく、しこうして右通達の改正については、なんら経過規定がないから、法令の改正の場合につき規定した刑法第六条の「犯罪後ノ法律に因り刑の変更アリタルトキハ其軽キモノヲ適用ス」という規定の精神及び犯罪後の法令により刑が廃止されたときは免訴の判決をなすべきものと規定する刑事訴訟法第三百三十七条の法意に照らし、被告人の利益を考慮して改正後の前記通達によつて処理すべきである。

というにある。

三、よつて、訴訟関係人の右所見について考えるのに、国税庁長官の物品税基本通達なるものは、本来物品税の対象となる物品の種類が多種多様であるため物品税法中の別表及びこれを補足するものとしての同法施行規則中の別表の明文のみをもつてしては、その規定が簡単にすぎるため、解釈取扱が区々に岐れることの弊害を慮り、その解釈及び取扱の統一を図るために発せられたもので、そのこれを示達することは一応必要かつ相当なるものと考えられる次第で、この基本通達のため、当該製造取引等に関係ある国民は一応右通達の定めるところによつて事実上課税その他の処分をうける実情にはあるのであるが、その本質は要するに成文法に対する一つの行政解釈であり、その通達の指向する対象は税務を掌る下僚職員であり、その内容は職員に対する職務執行の規準にすぎないものであつて、それは国民の権利義務の限界を直接的に定める法とは区別されるべきものである。したがつて、それは裁判の上においては、物品税法に関する係争問題について税務官庁においては、これをいかように解釈し運用しているかということを知るうえにおいて、看過しえない重要な参考資料であり、この意味においては、裁判所が係争問題につき司法的解釈をなすに当つて一つの参考資料となるものではあるが、それは、他の一般の法のように、裁判所を拘束するところの裁判の準則としての意味を持つものではない。かかる見地からすると、訴訟関係人の前記所見はそれぞれ自己に有利な裁判を求めようとする実質的な根拠としては、それ相応の意味があるのであるが、通達それ自体を裁判の準則と考えているやに受けとられる嫌もあるので、いずれも当を得ないものと考えざるを得ない。

されば、問題の解決は、結局、よろいとひつまたはかぶととひつは物品税法施行規則中の別表に表現された「通常組物として使用せられるもの」に当るか否かということにかかる次第である。この点に関し、証人古田正雄、同和田裕之介(昭和三十五年四月十八日施行)同松島徹及び同石川正に対する当裁判所の各尋問調書、証人広岡享三及び同松田重久の当公判廷における各供述、これに加うるに被告人の当公判廷における供述並びに第七回公判調書添付の写真四枚等を綜合すると、

(イ)  いわゆるひつは往昔武士がよろい等を格納した実用的な容器に着想したもので、脚のついた箱とふたとから成り、表面はつやのある黒色塗料又は黒色うるし等を塗り、箱及びふたの角などにはぼたん、菊、時には唐獅子の模様をあしらつた金具等をうちつけたもので、よろい・かぶとを飾る際には、よろいの場合は、これをひつに腰かけさせるように台として使用し、かぶとの場合はこれをひつの上にのせて使用し、よろいまたはかぶとのけんらんたる色彩と華麗な細工に対し、ひつは黒色で質実平板な背景ないし前景を形づくつて、そこに一種の対照の美をかもし出すと共に、よろいまたはかぶとに落ちつきを与え、これらのものの装飾的効果を向上させるようにできており、かつ、ひつはその構造上、季節外等の不用の際にはよろい一式またはかぶと一式をすべてそのなかに収納できるようになつていること。

(ロ)  製造業者が卸売商または小売商等によろいまたはかぶとを製造販売するときは、特段の事情のある場合を除いては、原則としてひつは注文にかかるよろいまたはかぶとにふさわしいようにつくられて一緒に販売せられ、その値段の点についても合せていくらときめられるのが常態であり、このことは、卸売商と小売人、小売人と一般需用者の間においても大体同様であること、(ちなみに、本件においても、被告人は前示のようにその殆んど大部分をひつを付けて製造販売しており、例外的に、被告人が株式会社三和と取引した分のあるものについては、別表記載のようにひつがついていないのは、同会社は静岡市内にあり、同地は塗物の産地であつてあえて被告人方にひつまでを発註する必要がなかつたという特殊事情に由来するものである。)

(ハ)  よろいは通常かぶと、面方、胴、佩立(別名はかま)、くつすね、心木等から構成されており、これらは、形態的にみて、いずれもよろいの構成要素であるが、ひつは、よろい自体の構成部分とは認められず、また、かぶとは通常鍬形・竜頭・かぶと・心木等からなり、このほか、かぶとを引き立させるための副物としてふくさがそえられるが、ひつはかぶとの構成部分とは認められないものであり、この意味においては、ひつはよろいまたはかぶととは飾物として別個の形態的存在を保持し、しかもその使用にあたつてはよろいまたはかぶとの装飾上の価値を増すためにこれらと常に一組をなして用いられるのを常態とすること、

(ニ)  よろいまたはかぶとは通常前示のとおり、ひつと組んで価格も合一的に取引されるが、これら合一的価額のうちひつの占める割合(または例外的にひつだけを単独に取引する場合)は比較的粗末な飾物の場合は四割ないし五割、ぜいたくなそれの場合は三割位であつて、ひつはその価格の面からしても、よろい、またはかぶとに対し独自の存在を主張しうる程度のものであつて、これらのものの従属的な単なる容器などとは到底認め難いものであること、

等の諸事実が認められ、これらの事実を綜合検討するときは、しこうして、さらに、これらの諸点からすれば、前示改正前の通達第三条に定める一般的基準からしてもひつはよろいまたはかぶとと共に優に組物として取扱うのをむしろ相当とするものと言うことができること、並びに改正後の通達の取扱例においては検察官主張のような特段の社会経済事情の変更が全く証拠上発見しえないのにかかわらず、(検察官は社会経済事情の変更の内容をなんら明示的に主張せず、証人松田重久は通達改正の原因は社会経済事情の変更にあると述べながら、何が変つたのかを明らかにせず、唯同証人は中小企業の保護のための徴税の寛和ということをもその改正動機としてもらしている。)従来の解釈態度を改めてついによろいまたはかぶととひつを組物と解するに至つたという経緯をも一応考慮に入れて判断するときは、よろいまたはかぶととひつとは物品税法施行規則別表にいわゆる「通常組物として使用せられるもの」に該当し、その課税最低限は同表中の組の価格によるべきものと解するのを相当とし、従つて、この点については、理由はいく分異るけれども、結論においては弁護人の主張は正しいものというべく、検察官の主張はついに採用することができない。

よつて主文のとおり判決する。

(別紙略)

(裁判官 伊東秀郎)

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